2020/07/25
霧中
「ダメだ! 限界!!」ちょうど見えてきた駐車場に車を停める。外に出て腰を伸ばし深呼吸をする。これ以上運転を続けてたら寝てしまう、眠気は限界まで来ていた。高度が高いためか、霧が酷い。晴れていればいい景色、な場所なんだろうけど今は何も見えない。後から車を降りた奥さんはあくびをして腕を前から上へ… 軽い体操を始める。アッチはグーグー寝てたからな、ここらで運転変わってもらうのもいいか。 それでもぐるりを見回すと、駐車場の端に店がある。喫茶店? あれ? なんだか、見た事が… 妻にも声を掛け近づいてみる、それは 「アナタが昔、設計図を引いた通りの喫茶店だよね… サプライズ?」 いいや! そんな事はない。設計、といっても正式に業者に依頼して作ったものはない。それがまわりまわって誰かの目に留まり、なんて事は100%ない、ハズなんだけど。ドアを開け、中に入る。内側に付けられたドアベル、音も私が考えていたものそのまま… そして内装も、備品も全て私の思い描いていた理想、夢、そのまま。どんな人がここを? あれから3年、まだ私達はここにいる。次に入ってきたお客に、夫婦してエプロンを着け接客してしまったのが決定的だった。それからもこの店の主、を続けている。続けることができたのはこの店が私達のモノだったから。あるモノも配置、置き場所まで私が考えていたとおり、そして名義も登記簿も。自分達の手にする事が出来なかった幸せが、ここにある。ひとつ心配な事があるとすれば、それは… 霧が晴れた時私達の車は無かった。その車の中で寝ていた3人の子供。車ごといなくなった子供達。 一時パニックになったが、今は。どこか別の次元、異なった世界の私達、夢を追い求め子供を諦めて後悔していた私達、と入れ替わったのではないか? あちらは叶わなかった子供との生活を… 深夜、店の暖炉の前で弾ける薪の音を聞きながら考える。…考える? 影が囁く。考えない様にしているんぢゃないかね? 忘れようとしてるんじゃないかね? あの時の山頂での契約を、俺との取引を? 3人の消えた子供は、俺への供物だという事を、おまえたちは。 20200719+
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